パラリンピックのはじまりはスポーツによる治療・訓練の一環だった

まだオリンピックの興奮もさめやらず、
日本各地でイナバウアーにチャレンジする人が多い今日この頃。

みなさん、背中は痛めてませんか!?

そんな日本人が背中を痛めること続出の2006年3月10日、
パラリンピックが始まりました!!

すでにノルディックスキー・バイアスロン女子12・5キロの視覚障害で、
小林深雪選手(日立システム・北安曇郡小谷村出身)が金メダルをとりましたね。

小林深雪選手おめでとー!!

さてさて、そんな盛り上がりを見せるトリノ・パラリンピックですが、
どんな歴史があるのでしょうか。

財団法人日本障害者スポーツ協会のパラリンピックの歴史によると…

英国王立ストーク・マンデビル病院の医師、ルードウィッヒ・グットマン博士が
脊髄損傷による車いす患者の治療・訓練の一環として
スポーツを取り入れたことを契機として、
1948年、ロンドンオリンピックの開会式の日に病院内でスポーツ大会を開催。

この大会は1952年に国際大会(国際ストーク・マンデビル大会)へと発展し、
さらに1960年のローマ大会からは、オリンピック開催年の大会だけは
オリンピック開催国で行われるようになった。

当時、出場選手は脊髄損傷による車いす選手だけであったが、
後に他の身体障害者も加わるようになった。

1988年のソウル大会からは「パラリンピック」
大会の公式名称として使用するようになった。

さらに、その翌年の1989年に国際パラリンピック委員会(IPC)が設立され、
障害のある選手による世界最高峰の競技大会へと発展していった。


最初はイギリスで、治療・訓練の一環としてはじまったのですね。

ロンドンオリンピックの開会式の日に、病院でスポーツ大会を開くなんて、
なんだかほのぼのとしていいですね。

現在では、体を動かすことが、健康にいいことも治療に繋がることも分かっており、
理学療法なども普通に取り入れられてますが、
1948年当時は、まだそういう考えは一般的ではなかったのでしょう。

当時では、革新的なことだったんでしょうね。

病院で開かれたスポーツ大会が、現在のパラリンピックに繋がっているなんて、
なんだか、アットホームな温かい感じがします。

現在のパラリンピックは、ノルディックスキーなどのスポーツが種目になって、
選手の方々はハードな練習を重ねて出場しているわけです。

日本の選手に限らず、どの選手も厳しい練習の成果が発揮できるよう、
私も応援に励もうと思ってます。

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