古代オリンピックでは、観光客のテントがあふれていた

古代オリンピックは夏に開かれていたそうですが、どうして夏だったのでしょうか。
大阪市立大学文学部教授の関隆志先生の「オリンピックと季節」によると…

まず第一に、夏のエ一ゲ海は波静かで航行に適し海外からの参加者にとって好都合でした。

そして麦の取り入れが終わりオリーヴやブドウの取り入れにはまだ早いこの時期は
農閑期であり、また同時に年の初めでもあったのです。

つまり、今風に言えば古代ギリシアの夏は観光シーズンだったのです。

今は辺鄙なエリス地方ですが、港から比較的近く、
南側に流れるアルフェイオス川も当時は水量豊かで船の航行も可能でした。

そうした関係でギリシア世界最大のお祭りだったオリンピック期間中は
ギリシア各地からゼウス神の聖地巡礼を兼ねた多くの観光客が訪れ、
競技場付近には都市国家(ポリス)の代表団から私的な個人まで、
それぞれ大小まざまで色彩豊かな宿泊用のテントを張り、
その有り様は丁度夏のキャンプ地のように賑わっていました。

会場付近には観光客目当ての商人が集まり、また群衆に向かって政治演説をしたり、
詩を朗読する詩人や恐らく大道芸人も集まって来ていたことでしょう。

つまり、ロンドンのハイドパーク公園のスピーカーズコーナーや
パリのポンピドーセンターの広場のような情景も見られたことでしょう。

そして、古代オリンピック最盛期の紀元前5世紀から、
選手の練習場や招待客のための宿泊設備などの恒久施設が建設されるようになり、
時代を追って公共浴場やプールまで備えられるようになりました。


現代のオリンピックでもオリンピック観戦のため
観光客がたくさん開催地に集まりますが、古代でもそうだったんですね。

古代でもスポーツ観戦は、人気の娯楽だったのでしょう。

そして、色とりどりのテントが並んでる様は、
住民の気持ちもオリンピック観戦に来た観光客の気持ちも高揚させたことでしょう。

大道芸人が披露する音楽や芸を横目に見ながら道行く人達は、古代オリンピック
で行われる様々なスポーツの話題で盛り上がったのかもしれません。

古代オリンピックは、みんながウキウキするスポーツイベントだったんですね。

古代オリンピックは、夏に開かれていた

現在では、夏季オリンピック冬季オリンピックが開かれていますが、
古代オリンピックはどうだったのでしょうか。
大阪市立大学文学部教授の関隆志先生の「オリンピックと季節」によると… 


日本がまだ縄文時代の紀元前776年に始まった古代オリンピックは、
最高神ゼウスに捧げられたギリシア世界最大の祭典でした。

競技大会は夏至の後の2回目、
あるいは3回目の満月の日を中日として4年毎に開かれましたが、

日本の気候にあてはめて見ると8月初旬から9月半ばにかけた
残暑厳しい時期に開かれていたことになります。

ギリシアの夏は日本より気温は高いのですが湿度が低いため、
7月を除けば日陰にいる限り比較的過ごしやすいと言えます。

しかし、炎天の続くこの時期は都市国家ポリスと個人の名誉をかけて
陸上競技や格闘技に全力を出さなければならなかった選手にとって
厳しいものであったに違いありません。


古代オリンピックは、残暑厳しい中で開催されたんですね。

暑い中、陸上競技や格闘技などのスポーツ競技をしたなんて、熱中症で倒れる選手も出たんでしょうね。

現代では、吸収のいいスポーツドリンクなどがありますが、古代はありません。

どんなものをスポーツドリンク代わりに飲んでたのでしょうか。

はちみつ入りのレモネード…なんて古代でもスポーツドリンク代わりに飲まれていそうですね。

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posted by olympia at 22:15 | オリンピックのオモシロ歴史

古代オリンピックが開かれた頃、日本は縄文時代だった

古代オリンピックが開かれたころ、日本はどんな状況だったのでしょうか。
大阪市立大学文学部教授の関隆志先生の「オリンピックの歴史」によると…
 
古代オリンピックは、日本がまだ縄文時代だった紀元前776年にオリュンピアで始まりました。

オリンピックは最高神ゼウスの祭典として夏至の後の2回目、
あるいは3回目の満月の日を中日として4年毎に開かれ、

最大規模として西は現在のスペインフランス
東は現在のグルジアなど黒海沿岸、
南は現在のリビアなど地中海南岸など広い地域から選手が集いました。

オリンピックの開催に先立って、オリンピック休戦(エケケイリア)が布告されて
ギリシア全土のポリス(都市国家)や植民市に伝えられ、
選手達は身の安全を保障されてオリュンピアに集まり、
個人とポリスの名誉をかけて競技に参加したのです。

また選手が大会終了後に無事に国に帰ることができるように、
休戦期間は最大で3ヵ月の長さに及んだと考えられています。

このオリンピック休戦は参加国に厳しく守ることを義務づけ、
その期間中に武力抗争はもちろん、法廷闘争を行ったり死刑を執行することも禁止していました。

そして違反した際にはアレキサンダー大王のような権力者といえども、
処罰を免れることは基本的にできませんでした。


古代オリンピックが開かれ、様々なスポーツ競技が競われていた頃、日本はまだ縄文時代だったんですね。

オリンピック開催と縄文時代

この差にちょっとたじろいでしまいました。


それにしても、オリンピックスポーツ競技が競われている間はいかなる紛争も休戦していたというのは、すごいことです。

それだけ古代オリンピックが重要な行事で神聖視されており、
単なるスポーツの祭典ではなかったということでしょう。

このスポーツの祭典の期間は休戦するという古来の慣わしを現代によみがえらせ、
1993年から「五輪停戦決議」というのを採択しているようです。

長野オリンピックのときには、ソウル五輪シンクロナイズドスイミング銅メダリスト小谷実可子さんが、
国連総会で演説をし、「五輪停戦決議」の採択をしたそうです。

ただ、法的拘束力を持たないということです。

オリンピックが開催され、世界各国から集まった一流のスポーツ選手が競い合っている間だけでも、
紛争がなくなるというのは、古代からの願いでしょうか。

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posted by olympia at 18:15 | オリンピックのオモシロ歴史

オリンピックと太陽暦と太陰暦の交わる8という数字

 前回の記事「なんでオリンピックって4年に1度なの?」で、古代オリンピックが8年に一度行われていた理由は、

「一般的に使われている太陽暦の8年が、太陰暦の8年と3カ月にほぼ等しいことから、8年という周期は古代ギリシア人にとって重要な意味をもっていたため」

というのでした。でも、なぜそんなに重要な意味を持つのか、ちょっと分からなかったので調べてみました。



まず、太陽暦というのは、その名のとおり地球が太陽の周りをまわる周期のみを元にして作られた暦法。

太陽暦を使い始めたのは、今から2000年ほど前のエジプトで、毎年1回あるナイル川の氾濫と、日の出前に南東の空におおいぬ座のシリウスが現れる日が同じであるということを発見した神官達によって、1年が365.25日であることが明らかにされました。

(後にコペルニクスによって、正確には1年は365.242199日だと分かりました。)




太陰暦というのは月の満ち欠けから知る暦。

太陰暦は、月の満ち欠けを1ヶ月としますが、それだと1年の誤差が大きくて、ほぼ4年に1度程度の閏月をもうけなければなりません。

ですが、月の満ち欠けを見てそのまま日にちがわかるという長所があり(庶民には嬉しい暦ですね)、古代から使われてきたそうです。




日本でも、1872年(明治五年)までは太陰太陽暦(太陰暦を基にしつつも、閏月を挿入して実際の季節とのずれを補正した暦)を使用していました。

現在の日本では、グレゴリオ暦を使っています。(グレゴリオ暦は太陽暦の一種)




暦は、宗教行事や農業などに使うため非常に重要なものですが、なにしろ1年は365.242199日という半端な数字ですから、長い目で見てみると季節が逆転したりして、暦と季節があわなくなってしまうようです。

それで修正に修正を重ねて、3000年に1日の誤差しか生まない現代のグレゴリオ暦にたどりついたようです。



ただ、その紆余曲折の名残が現在でも残っていて、太陰暦は1年を12か月としているところに太陽暦の性格を持ち、逆に太陽暦では1か月を約30日とするところに太陰暦の名残りがあるのではないかと考えられているそうです。




で、

「一般的に使われている太陽暦の8年が、太陰暦の8年と3カ月にほぼ等しいこと」

が、なぜそんなに重要だったのかという答えですが、

まだ科学も発達していない古代においては、数字はとても神秘的であり、違う暦が交わる瞬間というのは、とても不可思議で魅力的なものだったのではないだろうか?


というのが、大学の偉い先生の研究結果…ではなく、単なる私の感想です。



最後まで読んでくれた方、こんな結果でごめんなさい…。

なんでオリンピックって4年に1度なの?

現代では、オリンピックは4年に一度開かれています。

夏季オリンピック冬季オリンピックが交互に開催されるので、
スポーツ観戦する側にとっては、2年ごとのオリンピック開催のようにも感じられます。

それにしても、4年ごとのオリンピックって結構長い間隔ですよね。
特にスポーツ選手は、スポーツ選手として活躍できる時間というのが限られているわけですから、このオリンピック周期は難しいところです。

ところでオリンピックは、なぜ4年に一度という周期で行われているのでしょうか。
JOC日本オリンピック委員会のサイトによると以下のような理由だそうです。


オリンピックが開催されるのは4年に1度。その理由にはいくつかの説があります。

最も有力なのは、古代ギリシア人太陰歴を使っていたからという説です。

現代、一般的に使われている太陽暦の8年が、太陰暦の8年と3カ月にほぼ等しいことから、8年という周期は古代ギリシア人にとって重要な意味をもっていたのです。

暦を司るのは神官であり8年ごとに祭典が開かれるようになり、後に半分の4年周期となりました。
太陰暦では49カ月と50カ月間隔を交互にして開催されていたようです。



うーん。なんだかよく分からないですね。

「一般的に使われている太陽暦の8年が、太陰暦の8年と3カ月にほぼ等しいこと」
がなぜ古代ギリシア人にとって重要な意味を持っていたのか分かりません。

が、8年とか4年というのは、古代の人にとって、とても重要な年月だったみたいですね。

今は、冬季オリンピックも開催されますし、パラリンピックもありますし、サッカーワールドカップなんかもありますから、スポーツ観戦が好きな人にとっては、楽しい毎日ですよね。

野球ワールドカップはなんだかもめてるみたいですが…。

>>続きの「オリンピックと太陽暦と太陰暦の交わる8という数字」を読む

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古代オリンピックは神様へ捧げたものだった

【古代オリンピック】

オリンピックは、もともとはギリシャ神話主神ゼウスのために開催された祭典のことです。
紀元前776年から4年ごとに開催されていたと言われています。
ギリシャの聖地オリンピアで行われていました。

古代オリンピックは、神々へのささげ物として数々のスポーツ競技や芸術を捧げるためのものでした。

また、宗教的な理由から、競技者も観客もすべて男性で、競技者は全裸で競技をしなくてはなりませんでした。

紀元前146年、ギリシャがローマ帝国に併合され、一時はローマ帝国全土からオリンピック参加者が集まりましたが、392年に、キリスト教をローマ帝国の国教と定めてからは、オリンピア信仰は邪教となってしまい、紀元前393年に開催された第293回オリンピックを最後として幕を閉じたのです。




【近代オリンピック】

1892年、フランスのピエール・ド・クーベルタン男爵は、古代オリンピックの考え方を取り入れ、各国から選手を集め、平和のための競技の祭典を行うという考えを提唱しました。

その提唱に世界の国々が賛同し、古代オリンピックの終焉から1500年も後に、近代オリンピック競技大会が誕生したのです。

第一回オリンピックは、古代オリンピックを倣い、1896年ギリシャのアテネで開催されました。

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posted by olympia at 00:29 | オリンピックのオモシロ歴史

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