古代オリンピックが開かれた頃、日本は縄文時代だった

古代オリンピックが開かれたころ、日本はどんな状況だったのでしょうか。
大阪市立大学文学部教授の関隆志先生の「オリンピックの歴史」によると…
 
古代オリンピックは、日本がまだ縄文時代だった紀元前776年にオリュンピアで始まりました。

オリンピックは最高神ゼウスの祭典として夏至の後の2回目、
あるいは3回目の満月の日を中日として4年毎に開かれ、

最大規模として西は現在のスペインフランス
東は現在のグルジアなど黒海沿岸、
南は現在のリビアなど地中海南岸など広い地域から選手が集いました。

オリンピックの開催に先立って、オリンピック休戦(エケケイリア)が布告されて
ギリシア全土のポリス(都市国家)や植民市に伝えられ、
選手達は身の安全を保障されてオリュンピアに集まり、
個人とポリスの名誉をかけて競技に参加したのです。

また選手が大会終了後に無事に国に帰ることができるように、
休戦期間は最大で3ヵ月の長さに及んだと考えられています。

このオリンピック休戦は参加国に厳しく守ることを義務づけ、
その期間中に武力抗争はもちろん、法廷闘争を行ったり死刑を執行することも禁止していました。

そして違反した際にはアレキサンダー大王のような権力者といえども、
処罰を免れることは基本的にできませんでした。


古代オリンピックが開かれ、様々なスポーツ競技が競われていた頃、日本はまだ縄文時代だったんですね。

オリンピック開催と縄文時代

この差にちょっとたじろいでしまいました。


それにしても、オリンピックスポーツ競技が競われている間はいかなる紛争も休戦していたというのは、すごいことです。

それだけ古代オリンピックが重要な行事で神聖視されており、
単なるスポーツの祭典ではなかったということでしょう。

このスポーツの祭典の期間は休戦するという古来の慣わしを現代によみがえらせ、
1993年から「五輪停戦決議」というのを採択しているようです。

長野オリンピックのときには、ソウル五輪シンクロナイズドスイミング銅メダリスト小谷実可子さんが、
国連総会で演説をし、「五輪停戦決議」の採択をしたそうです。

ただ、法的拘束力を持たないということです。

オリンピックが開催され、世界各国から集まった一流のスポーツ選手が競い合っている間だけでも、
紛争がなくなるというのは、古代からの願いでしょうか。

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posted by olympia at 18:15 | オリンピックのオモシロ歴史
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